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主催:よこはま能の会実行委員会

【お詫び】「第16回よこはま能の会」にてお配りした第17回のよこはま能の会のチラシは演目が「隅田川」なっておりましたが、上演演目が変更となりました。令和8年7月25日開催予定の「第17回よこはま能の会」では新作能「長崎の郵便配達」を上演いたしますので、ここにお知らせいたします。
― 新作能『長崎の郵便配達』上演のお知らせ ―
1945年5月29日、横浜は大空襲に見舞われました。
市街地の約3分の1が焼失し、多くの市民が命を落としました。
開港以来、自由と交流の象徴であった横浜は、その重要性ゆえに戦時下の標的となり、焦土と化したのです。
それから80年余り。
横浜の街は目覚ましい復興を遂げましたが、空襲の記憶は、世代交代とともに語られる機会を失いつつあります。
私たちよこはま能の会は、この記憶を「過去の出来事」として風化させるのではなく、
未来へ手渡すべき問いとして残すことを目的に、日本の伝統芸能・能楽を通じた活動を続けてきました。
なぜ、能なのか
能は、声高に主張しません。
悲しみや怒りを直接的に描くこともありません。
その代わりに、
失われた命への鎮魂、
生き残った者の苦悩、
そして未来へ向けた祈りを、
最小限の動きと謡、沈黙と「間(ま)」によって表現します。
だからこそ能は、
戦争や核という、あまりにも大きな問題を、
観る者一人ひとりの内面に深く届ける力を持っています。
本公演では、**新作能『長崎の郵便配達』**を上演いたします。
本作は、長崎原爆の被爆者・谷口稜曄(すみてる)氏と、
英国人作家 ピーター・タウンゼント氏との実在の交流をもとに創作された作品です。
核兵器という人類の悲劇を前に、
国籍や立場を超えて結ばれた二人の対話は、
「赦し」「記憶」「未来への責任」という普遍的なテーマを、
静かに、しかし確かな重みをもって私たちに投げかけます。
本作は、2025年に大倉正之助氏により創作・初演され、
夢幻能の形式を通して、核の時代を生きる人間の内面を描いてきました。
物語(ストーリー)
現代を生きる一人の旅人が、長崎を訪れます。
平和公園で出会った青年は、かつて郵便配達として働き、
原爆に遭遇しながらも生き延びた人物でした。
彼はやがて「平和像」のモデルとなり、
核兵器の非人道性を世界に訴える証言者となっていきます。
旅人の夢の中に現れるのは、彼と交流を持った一人の英国人作家。
二人は、立場も国も異なる存在として再会し、舞と謡によって、
「それでも人は和合できるのか」という問いを静かに交わします。
物語は、明確な答えを示すことなく、
観る者の心に問いを残して幕を閉じます。
映画・ドキュメンタリーから能へ
本作の背景には、
映画・ドキュメンタリー『長崎の郵便配達』(2022年/川瀬美香監督)があります。
映像作品が、証言と記録によって核の問題を描いたのに対し、
新作能『長崎の郵便配達』は、
言葉と身体、沈黙と祈りによって、人間の内面を描く表現へと昇華された作品です。
横浜で上演する意味
横浜は、明治の開港以来、世界と結ばれてきた都市であると同時に、
1945年の大空襲によって甚大な被害を受けた街です。
広島・長崎の原爆、
東京・名古屋・横浜・平塚の空襲――
これらは、決して切り離された歴史ではありません。
横浜の地で『長崎の郵便配達』を上演することは、
被爆地と被災地の記憶を重ね合わせ、
「戦争を知る都市」から「平和を考える都市」へと視線をつなぐ試みです。
これは一度きりの公演ではなく、
横浜から始まる「記憶と文化の継承」の第一歩です。
今日、世界では多文化共生の在り方が盛んに思考されています。
日本には、「お天道様が見ている」という、
見えない存在を前に自らを律する倫理観が、
長い時間をかけて生活文化として育まれてきました。
能は、その精神性を最も静かに、最も深く伝えてきた芸能です。
よこはま能の会 実行委員会
よこはま能の会実行委員会とは?
室町時代から700年続く日本古来の能文化の伝統継承を志す人たちを支援し、文化イベントを開催することにより、伝統文化を後世に伝えていく事を目的としています。ひとりでも多くの方に能舞台を身近に感じていただけるようご案内いたします。
主催:よこはま能の会実行委員会
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